ロシアファッションブログです。これまで、19世紀ロシア文学と登場人物のコスチュームについて見てきました。取り上げた作家は、ゴーゴリ、ドストエフスキー、プーシキンでしたが、最後にトルストイを取り上げることとします。
トルストイの作品の中で、「戦争と平和」や「アンナカレーニナ」はその舞台と登場人物の華やかさから、映画化されることも多く、その分衣装の考証も進んでいます。よって、このブログでは、小説の断片を取り上げるのではなく、過去の映画「戦争と平和」に使われたシーンの衣装をピックアップして、解説を試みたいと思います。
時代考証を無視することの多い映画の衣装
2016年のテレビドラマ「戦争と平和」を見ると、こと衣装に至っては時代考証が無視される傾向が強いことがわかります。よって、「戦争と平和」に限らず、19世紀のロシア小説に登場する衣装を、テレビドラマや映画を参考に理解することは危険を伴います。
例えば、キーラナイトレイが演じた映画「アンナカレニーナ」の衣装は、オスカーを受賞したデザイナー自身が、トルストイのイメージからなるべく離れようとしたことを、インタビューで答えています。
2016年のイギリスのテレビドラマ、「戦争と平和」においても、女優ジリアンアンダーソンが演じた、アンナ・パブロヴァのワンショルダードレス一つをとっても、19世紀初頭を彷彿とさせる衣装とはいいがたいものでした。
今日、多くのコスチュームデザイナーは、視覚的な結果を優先して衣服の時代考証を放棄している、あるいは映画会社からそう要求されていると考えられます。この点は。NHKの大河ドラマにおける忠実な時代考証に基づいた衣装と、ヨーロッパやハリウッドのテレビ界、映画界における歴史的な衣装の再現性とはことなるものと考えなくてはなりません。
確かに現代のテレビや映画鑑賞者の色彩感覚は、画像の美しさをますます要求するようになっており、そうした鮮やかな色合いを出すには、昔開発されていなかった化学染料を使わざるを得ないという事情もあるでしょう。
19世紀初頭のロシア貴族のコスチュームに関する文化的背景
ところで、19世紀の初めのにロシア貴族の服装はフランス文化が影響していました。フランスはヨーロッパで絶対的なリーダーとなったため、ファッションもフランス文化が支配し始めます。「戦争と平和」はもちろん,当時の他のロシアの小説を読むと、貴族や教育の高い人が好んでフランス語を話していたことがわかります。そして当時のフランスのファッションは、古代の美の理想に基づいており、いわゆる帝国スタイルに他なりません。以下の画像のようなものが、帝国スタイルのドレスです。
ハイウエストのライン、深めのネックライン、大きく胸元を開くドレス、袖の上に膨らみのあるいわゆるランタンスリーブが流行でした。このようなドレスは、薄い半透明のイングリッシュコットンで縫製され、裾や胴に沿って生地に合うよ刺繍が施されています。白または透明な色合いが標準でした。確かにドレスの下には別の布で被われてはいましたが、この女性の下着の輪郭は見えていました。以下は、これらは、Natsha RostovaとSonyaが最初の舞踏会で着用したと考えられる型のドレスです。髪はギリシャ風にとかされなければなりませんでした。
1812年のロシア戦役の始まりとともに、愛国的な社会のムードによりフランスのファッションは廃止はされ、帝国スタイルは流行遅れとなり、ロシアのサラファン型のドレスに地位を譲ることになります。
さて、それでは「戦争と平和」の登場人物1人々々にスポットを当てて、衣装を見ていきましょう。
エレーナ・クラーギナ
2016年のBBCのテレビ・ドラマの「戦争と平和」から、「大理石」または「古代」の美しさを備えた、風格のある魅力的なエレーナの衣装を見てみましょう。かなり、1800年代のスタイルからかけ離れた感のある衣装も多いですが、エレーナの性格を象徴して、薄さ、滑らかさ、平和な優雅さを表現した衣装となっています。以下の最初の画像の帝国スタイルのドレスは時代に忠実ですし、しっかりと開いた胸も当時のものです。
次は、ベズーホフと結婚する前のエレーナです。子の衣装は実際の歴史より一世紀ほど後(1920年)の白いドレスになってしまっています。
そして、次はピエール・ベズーホフとの散歩ですが、ここでのエレーナの帽子はまさに当時のトレンドに乗っているものであり、女性のファッションにおける軍国主義が見られた時代なので、時代ぴったりの適切なものでした。
次の4枚は、結婚後の淫蕩なエレーナのドレスですが、ナイトガウンあるいは、ランジェリーともいえるものです。ベズーボヴァ伯爵夫人の悪質な傾向を明らかにしてはいますが、おそらくトルストイは彼女のここまでの悪趣味を想定していなかったでしょう。
さらに、次のドレスは1930年代、あるいは今日に現れる可能性のあるデザインですが、1805年には想定できないものです。
次の画像は、プリントされたベルベットで作られた美しいドレスですがプリント柄は、最近の19世紀の終わりに発明されたものですので、エレーナに着せるのには無理があります。
以上のように、BBCのテレビ・ドラマ版「戦争と平和」のエレーナに関しては、その役割に応じた衣装の効果は期待できたでしょうが、私たち日本人が、この小説を読む際に頭に描くモデルとしては時代考証として間違っているものが多いと認識すべきでしょう。
それでは、1956年のハリウッド映画、および1967年のソヴィエト映画の「戦争と平和」におけるエレーナを比較してみましょう。
どのエレーナがしっくりいくでしょうか?
1956年の映画でエレーナを演じた女優のアニタ・エクバーグは実際のミスコン優勝者でした(彼女は「ミススウェーデン」の称号を獲得しています)。時代考証としては、ある程度許容できるものの、明るいアクセサリー、エキゾチックな衣装は、トルストイによって作成されたエレーナのイメージとは完全には一致なかったというのがロシア人評論家の一般的な評価でした。
こちらは、イリーナ・スコブツェワはですが、忠実な19世紀初頭の衣装、そしてヘアスタイルは。時代にもトルストイの持っていたイメージにも、完全に調和してたという評価です。ただし、唯一の欠点は女優の年齢です、エレーナは大体20から30歳の設定のはずですが、この女優は40歳前後だったようです。ブログ筆者はアニタにこの衣装を着せて、もう一度「戦争と平和」を読み返そうと思います。
いかがでしたでしょうか?
次回も「戦争と平和」の衣装を考察していきます。
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